『ROA Butterfly Effect 残響編』展

  • 2026/6月23日〜7月6日
  • 『ROA Butterfly Effect 残響編』展 in 宮ヶ瀬ビレッジ

数多くの雑誌に取り上げられてきたRAYS OF ARION。

雑誌社からのオファーを受け、XV1900を中心としたヤマハ逆輸入クルーザー専門誌の企画・制作に全面協力し、前例のない一冊を刊行したことも、私たちの大切な歩みのひとつです。

また、「ヤマハクルーザーの父」と呼ばれ、
アメリカでのStar Motorcycles立ち上げに尽力した、ヤマハの生き字引・牧野 浩氏。

XV1900CU Raiderのデザインを担当した飯村武志氏、XV1900A Roadlinerのデザインを担当した梅本武志氏など、開発に深く携わった方々との交流にも恵まれてきました。

そうした交流から生まれたのが、日本国内ではほとんど語られることのなかった開発背景やエピソードを紐解く「XV1900秘話」トークショーです。

国内に登録されているバイクのうち、およそ5,000台に1台しか出会えないともいわれる、希少なXV1900。
RAYS OF ARIONは、その一車種だけに焦点を当てたオーナーズクラブとして誕生しました。

メンバーや車両との新たな出会いを重ね、常に変化し、進化を続けてきた12年間。
本展では、RAYS OF ARIONが歩んできた軌跡と、そこから生まれた数々の奇跡を振り返ります。

「Highway Aesthetics〜街道美学〜」レセプションパーティー

ROA顧問 ししまる氏によるイラスト作品展示

「Highway Aesthetics」。日本語に訳せば、「街道美学」。

日本では「ハイウェイ」と聞くと高速道路を思い浮かべますが、海外で高速道路を指す言葉は、フリーウェイやエクスプレスウェイ。ハイウェイとは本来、街と街を結ぶ国道や街道を意味します。

「街道美学」は、1976年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組で初めて使われた言葉だったと記憶しています。奇しくも、私が生まれたのも同じ1976年でした。

この言葉が表していたのは、長距離トラックの運転手をはじめとする、職業運転手たちの間で育まれたカスタム文化と、道の上で受け継がれてきた流儀です。

1970年代から80年代。
深夜の暗い国道を孤独に走るドライバーたちは、それぞれのトラックを思い思いの電飾で飾っていました。

遠く前方から近づいてくる灯りだけで仲間の車両を見分け、
「あれは○○丸だ。あいつも頑張っているな」と、その存在に孤独を癒やされたといいます。

ある著名な映画監督は、トラックやクルマ、バイクを飾ることを「機械に人格を与える行為」と表現しました。

街道美学。
ドライバー同士の礼儀や思いやりから生まれた街道仁義。
そして、独自の姿へと仕上げられた街道レーサー。

そこにあるのは、単なる装飾や目立つためのカスタムではありません。
道の上で生きる者たちの誇りや信念、仲間への敬意が、車両の姿となって表れたものです。

私自身、幼い頃から道の上で生きる人々との交流や、映画をはじめとするさまざまな文化の影響を受けてきました。
道の上には、出会いがあり、別れがある。

同じ場所ですれ違うのは、ただ一度かもしれない。
だからこそ、道の上で出会う人々は、それぞれの美学を胸に秘めているように感じます。

今回開催した「Highway Aesthetics ― 街道美学 ―」は、そうした道の文化と、
機械に宿る人格、そして一台一台の背景にある生き方へ目を向けるための試みでした。

それぞれの愛機に刻まれた美学と、道の上で重なった一期一会。
ご参加いただいた皆さまとともに、その意味をあらためて見つめる時間となりました。

XV1900生誕20周年記念 ヤマハインポートクルーザーミーティング vol.3

レジェンドたちが集結した、特別な一日

第3回ヤマハインポートクルーザーミーティング&ロードライナー生誕20周年トークショーを開催した。
この日は、XV1900の歴史を築いてきた方々とオーナーたちが一堂に会し、その開発やデザイン、当時の背景について語り合う、非常に貴重な一日となった。

XV1900の歴史を築いたレジェンドたち

トークショーには、「ヤマハクルーザーの父」として知られ、
アメリカでのスターモーターサイクルズ立ち上げにも尽力された牧野氏をはじめ、
レイダーのデザインを担当した飯村氏、ロードライナーのデザインを担当した梅本氏が登壇。

左から梅本氏、飯村氏、牧野氏

まさに、レジェンドがレジェンドを呼び寄せる。

XV1900の誕生と進化に深く関わってきた方々が一堂に会し、開発当時のエピソードやデザインに込めた思いを語る、またとない機会となった。

トークショーの最中に訪れた、偶然の出会い

イベントの最中、さらなる出来事が起こる。
司会進行を務めていたROA代表のもとへ、メンバーが慌てた様子で駆け寄ってきた。

何事かとプレゼンテーションルームの外へ出ると、
そこにいたのは、XV1900のフレーム開発に携わった現役のヤマハ社員だった。

会場の近くを偶然通りかかった際、XV1900がずらりと並ぶ光景が目に留まったという。

さらに会場の奥で、見覚えのあるVMAXとMT-01を発見。
「あの方たちが来ているのでは」と感じ、ROAスタッフに声をかけてくださったそうだ。
まるで、会場に集まったレジェンドたちが、新たなレジェンドを呼び寄せたかのような偶然の出会いだった。

想定を超えて深まった、XV1900の物語

突然の出来事に代表が驚く一方、これまでROAで数々の奇跡的な場面を経験してきたメンバーたちは、驚きながらもどこか落ち着いた様子だった。

「ROAなら、こんなことも起こる」
そんな表情を浮かべる仲間たちを前に、代表自身が誰よりも慌てるという一幕もあった。

そして、XV1900のフレーム開発に携わった方の飛び入り参加によって、
「XV1900を語り尽くすトークショー」は当初の想定を超える、より深く濃密な内容となった。

開発者、デザイナー、そしてオーナーたち。
それぞれの立場から語られるXV1900への思いが重なり、この場所でしか生まれない特別な時間がつくられていった。

会場には、世界でも類を見ないほどのXV1900への熱気が満ちていた。
イベント終了後に集まった写真には、参加者たちの笑顔が数多く残されている。

その表情を見れば、この日がオーナーたちにとってどれほど幸せな一日だったのかが伝わってくる。

「ROAでしか見られない景色」をつくるために

この企画を実現するまでには、多くの準備と困難があった。
自分自身のためだけであれば、実現できなかったかもしれない。

それでも、XV1900オーナーたちの笑顔につながるなら。
愛車への知識や理解がさらに深まるなら。
その思いが、困難な企画へ挑む原動力となった。

これまでも、物理的に不可能と思えるようなことへ挑み、仲間たちと乗り越えてきた。

その先に生まれたものが、ROAの掲げる「#ROAでしか見れない景色」だ。

今回の出来事を共に体験した参加者からは、ROAへの加入を希望する声も寄せられた。
ROAは、審査制のクラブであり、希望すれば誰でもすぐに加入できるわけではない。

しかし、この日に生まれた奇跡と景色を共に目撃した人たちは、すでにひとつの体験を共有した仲間ともいえる。
もしかすると、アリオンに導かれ、この場所へ集まった人たちなのかもしれない。

悔し涙を、笑顔と感動で塗り替えた日

2022年9月に予定されていた第2回ヤマハインポートクルーザーミーティングは、
静岡県を襲った台風の影響により、残念ながら当初思い描いていた形での開催には至らなかった。

しかし、今回の第3回ヤマハインポートクルーザーミーティング&ロードライナー生誕20周年トークショーでは、
あの日の悔しさを、参加者たちの笑顔と感動の涙によって塗り替えることができた。

振り返れば、第2回で流した悔し涙さえも、今回の笑顔へと続くプロローグだったのかもしれない。

イベント後、メンバーから次々と共有される写真。
その一枚一枚に写る笑顔を見ながら、改めてこの企画を実現できた喜びを感じた。

同時に、ROAのチームワーク、現場での対応力、
そして思いがけない出会いを引き寄せる力を、強く実感する一日となった。

XV1900というバイクを選んだこと。
そして、そのバイクを本当の意味で愛する仲間たちと出会えたこと。

そのすべてに、心から感謝したい。

IKURA’S AMEFES 2025(雨フェス)

雨と濃霧のアメフェス——仲間と走った特別な一日

2024年5月、XV1900オーナーズクラブROAは結成10周年を迎えた。
記念パーティーには、XV1900の開発に携わったレジェンドたちを招き、クラブが歩んできた10年間を仲間たちと共に祝った。

国内登録台数の少ない車種に特化したバイククラブが、10年にわたって活動を続けてこられたこと。
それは、決して当たり前ではない大きな節目だった。

あの記念すべき一日が、つい最近のことのように感じられる。
しかしROAは、すでに次の10年へ向けて走り始めている。

新体制で挑んだ「アメフェス」

新会長体制となったROAが、次の一大イベントとして目標に掲げたのが「アメフェス」への参加だった。
エントリーを申し込んだものの、ヤマハのクルーザーチームとして参加できるのか、不安がなかったわけではない。

それでも、事務局や主催者の皆さまの粋な計らいにより、
ROAもアメフェスへ参加できることになった。
待ちに待った大きな舞台。

イベントの約1週間前から、参加メンバーは天気予報を何度も確認し、その変化に一喜一憂する日々を過ごした。

雨予報でも、誰一人として弱音を吐かない

当日の天候は、決して期待できるものではなかった。
それでも、メンバーから弱音が聞こえてくることはなかった。

雨が降るかどうかよりも、現地は暑いのか、寒いのか。
どんな服装で向かうべきなのか。
一泊するなら、夜はみんなで宴会だ。
そんな話をしながら、遠足を待つ子どものように当日を楽しみにしていた。

そして迎えたイベント当日。
スタート地点の海老名は、まさかの土砂降りだった。

それでも辞退するメンバーは一人もいない。
集まった仲間たちは雨さえも笑い飛ばし、全員で富士スピードウェイを目指した。

富士スピードウェイを包んだ濃霧

会場へ到着すると、雨は次第に収まった。
しかし、山の上にある富士スピードウェイは、まるで雲の中にいるかのような濃い霧に包まれていた。

視界を遮るほどの霧と、決して恵まれているとはいえないコンディション。
それでも、ROAのメンバーたちは終始笑っていた。

天候が悪いから楽しめないのではなく、この状況さえも仲間と一緒に楽しんでしまう。
その姿は、ROAらしさを何よりも表していた。

「ついていくだけっすよ」

今回、「アメフェスへ行こう」と声を上げたのはROA代表だった。

悪天候の中で参加してくれている仲間たちを見て、どこか申し訳ない気持ちもあったという。
「みんなを付き合わせてしまったようで、申し訳ない」

そう口にすると、メンバーから返ってきたのは、迷いのない言葉だった。
「何言ってんすか。ししまるさんが行くって言うなら、俺たちはついていくだけっすよ」

その一言に、ROAが長い年月をかけて築いてきた信頼関係が表れていた。

晴れた日のツーリングだけではない。
雨でも、霧でも、思いどおりにならない状況でも、それを共に笑い、楽しめる仲間がいる。

その存在こそが、何よりも尊く、簡単には得られないものなのだと、改めて実感する一日となった。

逆境を楽しむ者たちが集まった一日

あの日、会場に集まっていたのは、悪天候を理由に楽しむことを諦めない人たちだった。

むしろ逆境さえも楽しみへ変えてしまう、強いスピリットを持った者たち。
立ち込める霧を見つめながら、誰もが心の中で思っていたはずだ。

「晴れろよ、この野郎」
チームや車種の違いを超えて、あの場所にいた全員が同じ天候に立ち向かい、同じ時間を楽しんだ同志だった。

雨と濃霧に包まれたアメフェス。
決して理想的な天候ではなかったが、
だからこそ、仲間の存在と絆をより強く感じられる一日になった。

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THE STORY CONTINUES ON THE ROAD.